2011/07/23

長崎県 五島市 福江島 編(五島列島初上陸)

久しぶりのBlogとなりました。
今回は先日伺った長崎県は五島列島の福江島と
私の第二の故郷と言っても過言ではない長崎市の写真を紹介したいと思います。
今回の旅も車で行きました。
関門海峡と関門大橋
長崎までここからもう一頑張り
関門大橋
私はよく雲に目を奪われます。
特に台風や風の強かった日の後に見える筆でなぞったような雲の形に。
そして、やはり風の影響か、雲が立体的に形を変えながら絶えず変形しているのが面白い。
X-Trail Clean Dieselと雲
長崎へ近づくにつれ、陽は傾き、夕暮れとなってきました。
高速道路やパーキングエリアからはなかなか綺麗に見渡せて写真が撮れる所はなかったのですが、もしかしたら!と思い出したのが大村湾PAです。
大村PAへ急ぎます
時間的には夕暮れの空を写しとめるには少々遅くなってしまいましたが、PAに到着後慌てて撮影体制に入りました。周りの人は何だ何だ?という雰囲気がありましたが、撮影開始すると、あーなるほど、と納得の感じを感じました。

橙色に染められる大村湾
一日の終わり
焼ける空の色
シルエットと優しい空の色
大村湾PAでこの旅に入って少し本格的な撮影をし、感覚を呼び戻すことが出来ました。
そして目指すは長崎の「ふくの湯」。ここは長崎の夜景を見下ろしながら入れる露天風呂があり、とても幸せな気分になれる温泉です。
翌日の朝8時にはフェリーで五島列島の福江島へ向かう予定でしたので、
温泉でゆっくりした後はフェリーの乗り場で一夜を明かしました。
稲佐山と長崎港
美しい長崎の夜景
福江島へ向かう当日の朝は素晴らしい晴天に恵まれました。
九州商船 フェリー長崎
素晴らしく清々しい空
長崎市を海から見るのは初めてでした
福江港まではおおよそ3時間30分の道のりでしたので、しばらく甲板で写真を撮った後は中で寝ていました。外海へ出てしばらくすると風が強かったせいで波は荒く、かなりな揺れでした。船が傾きライフジャケットを取り出す夢まで見てしまいました(笑)。
もうすぐ到着するとの船内のアナウンスで再び甲板へ出てみました。
フェリー到着
早速福江へ到着した私は、お昼ごはんをフェリーターミナルで済ませ、何よりも高いところへ向かってみました。
その前に福江島の全体図はこちら

鬼岳展望台の雀の兄弟
今年最初で最後のあじさいを撮影
というわけで、鬼岳へ向かったのでした。
ここはとても爽やかな風が通り抜けていて、いくらでも居たくなる、そんな場所でした。
実際、旅の疲れも出てしまってか、しばらくここで休憩していました。
その後少々別件の用事を済ませたら夜になってしまっていたので、翌日再びここで朝日を狙ってみようと待機しました。

ところが・・・
朝方からすごい霧が立ち込め始め、視界がとても悪い状態。
それでも、朝日が昇る頃にはサッと霧が晴れてとか、霧の空間に朝日の光が差し込んで幻想的な・・・などと僅かな期待を抱き展望台まで向かったのですが・・・
そこでは待てども待てども霧の世界。
青白む霧の中
風が音に変わる時 
霧に隠れる来た道
撮影の基本としては最長で、朝日から始まり、夕暮れが終わった夜までです。
つまり夏は冬に比べて撮影時間が長くとれるのですが、毎日長いとかなりな体力を消耗します。夜は夕飯を探し、温泉に入り汗を流し、翌日の準備でメモリーカード等をメンテして寝てもやはり12時は回ってしまいます。そして朝日が出る1時間前には起きるようにしているので、実質は4時間程度の睡眠となります。
ということで、霧の中の撮影後、しばらくまた寝て素晴らしい青空が出たときに起きました。そのまま、爽やかな風と青空に誘われ鬼岳を山頂まで登り、一周コースで歩いてみました。
とにかく清々しい空
風が織り成す雲の芸術
心解き放たれる広大な空間
鬼岳一周は案内板では90分と書いてありました。
実際には写真撮りながら比較的ゆっくりと、草木が茂っていて少し道に迷っても大体そのくらいで廻りました。何よりも嬉しかったのは、足の裏から伝わる草と土の感触がとても心地良く、久しぶりに子供の頃よく探検した近所の山なんかを思い出した事でした。

この後は島内を巡ってみようとドライブ気分で各所へ向かいました。
島内には多くの教会がありますが、代表的なのが堂崎教会です。
堂崎教会入口
堂崎教会全景
レンガの風合いが歴史を感じさせつつも心地よい
堂崎教会の裏山に立つマリア像
丁度この堂崎教会へ着いたのは14時頃で日が一番きつい時間でした。コントラストも強く、空の雲も白く飛びがちで思ったようには画にはなりませんでした。
もう少し柔らかな光で撮れたらと思いiPhone/iPadのアプリである”LightTrack”を見てみると、方角的には朝日の光が教会を照らす計算でした。ここは翌日の朝、再び狙うと決めました。
教会のすぐ近くには海があり、行ってみると何とも澄みきった心洗われる海と空でした。
空の広さと澄みきった海
次の水ノ浦教会へ目指す途中、夕日観音という鳥居を発見。
夕日観音
その鳥居を潜ったら直ぐにお地蔵さんが迎えてくれたので合掌。
夕日観音の鳥居先のお地蔵さん
そして、その奥を目指そうと思ってふと見上げると鬱蒼とした草と薄暗い道。
更には気付くと体中に蚊の大群!これはいかんと思い速攻で車に撤収しました。ここはマムシなどの危険もありそうだし、こりゃ蚊のいない時期に来ようと考えこの先はパス。
そして到着したのは、水ノ浦教会。
城のような教会
堂崎教会と同様瓦屋根の教会
空の青と教会の白
とても品のあるデザインの水ノ浦教会
その日の夜は温泉に。福江で最もよく利用させてもらったのが「鬼岳温泉」です。
これは五島コンカナ王国というホテルにある温泉でして、夜の11時まで日帰り入浴ができるという車中泊人間にとってはとても助かる施設です。
鬼岳温泉入り口(iPhone)
露天のみ温泉使用。湯は鉄分を含む為茶褐色
鬼岳温泉の温泉成分表(iPhone)
含鉄(II)-ナトリウムマグネシウムカルシウム-塩化物泉
温泉に入った後はとりあえず直ぐ隣りの鬼岳の駐車場へ。
すると丁度月が沈むタイミングでした。

月をほのかに隠す雲のベール
月明かりに照らされた鱗状の雲

早朝から堂崎教会を撮る為移動。
四時の景色
この日は朝からいい色が空を埋め尽くしました。
ピンク色の朝
朝焼け雲と堂崎教会
金色一色
祈りの光
青空に聳え立つ堂崎教会
夕方は夕日を求めて定番の大瀬崎灯台へ。
その途中目にとまった墓碑群。
過去を語るかの如く立つ墓碑(立谷教会跡)
そして井持浦教会 ルルドへ。
静かな薄い光の中の井持浦教会 ルルド
斜め上を仰ぎ見るマリア像の祈り
大瀬崎灯台には幾つか展望台がありました。
それを行ったり来たりして撮影していたのですが、その時遠くでカーンという金属音。
ん?誰もいないのに何?石でも落ちた?
大瀬崎灯台を後にしてから気が付いたらば、それは私のスペアバッテリーでした。
あーしかも未使用の一番新しいのが無くなっていた・・・
夕陽色に染まる祈りの乙女像
金色の大瀬崎灯台
遠く棚引く色とりどりの雲
ブルーモーメントの大瀬崎灯台
大瀬崎灯台では途中から雲が発生し、途中夕日はその雲に隠れてしまいました。
自然相手ですとよくあることです。
それでもいつもの事ですがめげません。
ブルーモーメントの時間までシャッターを切り続けていました。

すっかり陽が落ちた頃にはいい時間になっており、再び鬼岳温泉へ向かいました。
夜に向かう景色
 鬼岳の駐車場はSoftbankの電波が入らないので、1つ手前の公園でこの日は車中泊。
そして帰ると決めた朝がやって来ました。
初めての五島列島でしたが、下調べをして行かなかったこともありますが、
思ったほどの時間が無く、うまく計画して撮影が出来なかったのが少々残念でした。
今回の旅で撮れなかった箇所、訪れることが出来なかった箇所はまた次回ということでしょうか。
いい一日が始まりそうな福江島の朝日
この朝日を見た後、8時出港のフェリーに乗り長崎港へ。
帰りは穏やかな船の旅でした。

(長崎市編へ続く)

2011/06/12

6.11 東日本大震災から3ヶ月

東日本大震災が2011年3月11日に起きてから6月11日で3ヶ月。
3ヶ月経ったからどうだということは無い、節目としては良いが、
自分の心の中には可能な限り常に東日本大震災の事を忘れないでいることが大切だと思う。

自分は気付いたら、その丁度3ヶ月目の6.11に東北に向かっていた。
5月4日に初めて名取から女川までのエリアを訪れて以来、
目の前に広がるあの衝撃は忘れられないでいる。
恐ろしいほどに破壊された建物や鉄道、そして人々の暮らしがそこにあった。
そしてその光景は、その場には居なかった故に想像でしかない当時の現実を、
あたかも何かの映画のように目の前の大スクリーンに音声を交えて流れるようであった。

あれから1ヶ月、女川より北の地域を訪れた。
復旧、復興はどの程度進んでいるのだろうか。
国会では政権ばかり気にする、国民無視の国民の代表である国会議員が全く透明性のない、
そして全くやる気のない議論を繰り広げている。

幸いにも仙台以北は放射線量が落ち着いているようで、横浜に居る場合とさほど変わらない。
私の大好きな伊豆沼をまず訪れ放射線量を確認。
これならまた冬に来れそうだ。そう思って安心した。
伊豆沼 午後から晴れた
そして南三陸から気仙沼まで走ってみた。

少しすっきりと片付きつつある場所も出てきてはいると思ったが、

津波に襲われたエリアの大半は変わらず瓦礫が散乱している。
津波が貫通した郵便局は、静かに風の音がしていた
津波を恨むかの死んだ車
病院の入り口に"危"マークが付いた車が折れ曲がっていた
公園の蒸気機関車が流れ倒れている
皮肉にも蒸気機関車の下には「志津川チリ地震津波災害30周年記念碑」
手前の水たまり 藻が多く発生していた
どんなに悲惨な出来事があっても陽は昇るし、陽は沈む
瓦礫の荒野はいつ片付くのだろうか
不気味なほどに津波の恐ろしさを感じる
こうして被災地を見ていて思うのは、津波の被害から道路一本隔てて、
運命が変わっている場所も少なくないということ。
津波に殆んどをさらわれた地域では、未だ避難所が点在し不自由な生活を送っている。
多くの場所が水道が復旧しないらしい。
ある避難所に寄ったら水のタンクが設置され手を洗ったりようになっていた。
もちろんトイレの排水もペットボトルに汲んだ水で流す。
その為か、かなりの臭いが漂っていた。
仮設住宅が建設されていてすでに入居されていた
避難所の皆さんが書いたメッセージボード
またある避難所では自衛隊の給水車が設置されたプールの様な四角いビニールの容器に
やはりビニールで覆いがされたような水の貯水場所に給水をしていた。
少なくともこの様に水は配給され、洗濯場所も設置され生活の仕組みはできているようだった。

子供たちは元気に遊んでいた。私がそんな光景を見ていると、
「こんにちは!」と元気な挨拶をくれた。
少しずつではあるが、着実にみんな元気になっている。
まだ先は長い、でも明日もまた一歩踏み出そう。

2011/05/28

今年最後の桜

今年最後に撮影した桜。
5月13日 岐阜にて
月夜に浮かぶ道端の桜
CANON 5D MarkII, EF 24-105mm F4 L IS USM